弁政連ニュース

〈座談会〉

今こそ、国会において死刑制度に
関する根本的な議論を!(3/6)

【岡野】懇話会に参加する前には、死刑は、抑止力として、十分意味のある制度だと思っていました。しかし、そうではないことが、今回の議論を通じ、諸外国の例を見ても、理解できました。ただ、抑止力として機能しないとしても、死刑制度は、日本の社会認識では、抑止力よりも、「因果応報」、すなわち悪い行いをした人には悪い結果がもたらされるという観念の方が強いのではないかとも思いました。

法理論からは、死刑制度を認めることは難しいとの理解は進みましたが、多くの日本人の価値観からは、その廃止を社会として受け入れるためには何が必要か難しい、とも考えました。

【神津】懇話会のなかで科学的な論述を聞かせていただいて、抑止力としての死刑という論拠は、本質的に持ち得ないと感じました。しかしわが国では、死刑制度がないと、凶悪犯罪というのはなくならないという一種の刷り込みが幅をきかせているように思われます。死刑制度がないと凶悪犯罪はなくならないという決めつけだけでは議論は一歩も前に進みません。北朝鮮、中国、一部の中東国家では、死刑制度がないと凶悪犯罪はなくならないと、専制君主が、あるいはその体制がそう決めつけているわけです。そういう国とは日本は違うでしょということが見えないままになっているわけです。

国際的な潮流や情勢から見た日本の死刑制度

【伊井】「懇話会」では、クレーメンス・フォン・ゲッツェ駐日ドイツ大使や、ジュリア・ロングボトム駐日イギリス大使の講演も聞かれたと思いますが、死刑廃止を巡る国際的な潮流や、死刑制度が存在するが故の刑事制度における日本の不利益等の話をお聞きになって、皆さんは、特にどういった点が気になり、どのような感想をお持ちになりましたか。

【笹倉】海外の研究者や法曹関係者と話していて、日本が死刑を存置していること、さらに執行方法が絞首刑であることを伝えると、ほとんどの人がびっくりします。日本のような発展した民主主義国家において、死刑が存置されていることが信じられないというのです。日本が死刑を存置しているということは、海外から見れば驚くべきことなのです。

世界の潮流は、明らかに死刑廃止の方向に向かっています。アムネスティ・インターナショナルによれば、2024年末の段階で、法律上・事実上の廃止国(事実上の廃止国は、10年以上死刑を執行していない国をいう)は145か国で、廃止国は54か国でした。さらに、死刑を執行した国は15か国で、過去最低の数字となりました。執行国には、中国、イラン、サウジアラビア、イラク、イエメンなど、人権状況が良くない国が並びます。他方、ヨーロッパ、オセアニア、南アメリカなどは死刑を全面的に廃止しています。

アメリカも日本と同じく民主主義国家の中で死刑を存置し、執行を続けている国です。しかし、アメリカでは、大多数の州が死刑を廃止しているか、執行を停止しています。死刑に関する議論が絶えず活発に行われています。このような状況において、日本はかなり国際的に特異な位置にいることは、自覚すべきです。

【岡野】死刑制度の今後を考える上で、ロングボトム駐日イギリス大使のお話は印象的でした。ご講演の冒頭で、大使は、「英国政府はいかなる場合でも死刑には反対の立場です。反対の理由は、死刑が、1.人間の尊厳を奪い、2 .犯罪抑止効果を示す決定的な証拠がなく、3.冤罪の場合は取り返しのつかない事態になるからです」と述べていらっしゃいます。そして、各国固有の文化は価値観を尊重しつつも、「英国政府が注視するのは、人権保護という普遍的な立場」とされ、「英国は、人権保護の観点から死刑存置国に対して、死刑の廃止や執行の一時停止へ向けた取組みを維持しています」と基本的立場を明確にされました。

先ほども話しましたが、日本では、「因果応報」や「仇討ち」を美徳とした社会通念があります。今後の日本においては、イギリスの経験が示されるように、死刑制度の現状について、十分な情報公開が行われ、国民的議論の展開が必要だと思いました。また、人権保護という基本的権利の教育も必要だと感じました。

【神津】国際潮流において、とりわけEUを中心とした先進国との対比において日本は極めて異質の国となってしまっていることがよくわかりました。先ほども触れたように、北朝鮮、中国、あるいは一部の中東の国といった専制国家において死刑制度は当然のものとして組み込まれていて、社会のなかで、死刑制度はもうやめたほうが良い、やめるべきだなどという議論すら起きえない。問題なのは、日本も、そういう国々と同じかというふうに見られているということだと思うんですよ。外交上においても様々な問題を生じているわけで、ビジネスの世界でも、今後支障が大きくなっていくのではないでしょうか。そのような国益の観点も、ほとんどの国民は認識をしないまま年月が過ぎて行っていることに重大な危機感を覚えます。

【金髙】ロングボトム大使は、「死刑制度を持つ日本は、北朝鮮、シリア、イランと同じグループだ。」、「人権重視のはずの日本が死刑制度を維持することをイギリス人は信じられない。」等と仰いました。国際社会からの見方は重く受け止めねばなりませんが、日本の殺人の発生率はイギリスの5分の1ですし、検挙率は100%に近い。刑法犯の無罪率は0.2%。イギリスは無罪率が20%前後です。人が殺されるという最大の人権侵害を防ぐという面では、日本の制度はより機能しているように思われます。また、日本には、専制国家や一部の廃止国に見られた死刑の恣意的、政治的運用や宗教上の価値観が刑事司法制度に影響を与えることもありません。

国際的な潮流は受け止めなければなりませんが、他国や国連は、日本の国民の安全に責任を持ってはくれません。最終的な判断は、死刑制度の持つ意義を不利益が上回るか否かで判断すべきだろうと思います。

今まで、実際の刑事手続で、死刑制度があるために日本が不利益に扱われたケースはほとんどありません。令和5年末現在、海外逃亡被疑者は784人(うち殺人被疑者は54人、強盗殺人被疑者は13人。)ですが、毎年、70人程度が海外で発見、拘束され、条約や強制退去による引渡し又は代理処罰を受けています。

死刑制度があるために被疑者の引渡しも代理処罰もできなかった例は、2011年に南アフリカで起きた1件のみです。これは、2003年に都内で起きた殺人事件の被疑者である日本人2名が南アで発見されましたが、死刑の可能性を理由に引渡しを受けられず、同国の国外犯にも当たらないので代理処罰もできなかったケースですが、その後、1名は現地で病死、1名は自ら帰国して日本で検挙、処罰を受けています。また、1992年に日本で日本人を殺したイラン人がスウェーデンで発見されたケースで、スウェーデンは、引き渡しを拒否しましたが、自国の国外犯として殺人罪で処罰を行っています。

一方で、死刑制度の廃止国からも、1998年にキプロスから、2021年にフィリピンから殺人被疑者の引渡しを受けています。しかしながら、死刑廃止国が、事実上の廃止国を含めて145に上り、今後も増えると考えると、将来的には、廃止国から引渡しを得られず、かつ、同国の国外犯にも当たらないというケースが起こり得ると思います。これが相次げば、海外に逃げた殺人犯人を検挙も処罰もできない事態となり、日本にとって、死刑制度の意義より不利益が上回ることになりますが、この場合、最悪の犯罪に対する威嚇力として制度は維持するが、事実上執行しないという「韓国型」が、まず追求されるべきではないでしょうか。



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