弁政連ニュース
〈座談会〉
今こそ、国会において死刑制度に
関する根本的な議論を!(2/6)
関する根本的な議論を!(2/6)
【金髙】
私は、警察の現場で凄惨な事件も扱ってきましたし、被害者やご遺族の悲しみや苦しみにも触れてきました。そういう事件を1件でも減らすために死刑制度は必要だと考えています。
この懇話会は、死刑制度の存廃を含め、様々な立場から議論をして、多くの国民が受け入れられる結論を目指したいというご意向だったので、私のような意見の者とも議論をした上で、結論を出して欲しいと考えて参加しました。警察庁には事前に伝えませんでしたし、意見は、警察を代表するものではなく、あくまで私個人のものです。
【笹倉】もともと死刑は廃止すべきであるという考え方を持っています。私は、刑事訴訟法、特に誤判・冤罪の問題について研究しています。ちょうど誤判・冤罪の問題に力を入れて研究し始めた2010年代初頭ころから日弁連の死刑に関する海外調査に同行させていただくようになり、死刑についても手続的な観点から研究を始めました。
私が研究の主な対象とするアメリカでは、死刑事件について、いわゆる「スーパー・デュー・プロセス(超適正手続)」が保障されているということは、死刑事件の手続を考える上で重要であると考えるようになり、そのような観点から検討を続けてきました。
刑というのは不可逆的な刑罰であるという意味で、ほかとは異なる特殊な刑罰です。そのような特殊性ゆえ、死刑判決の言渡しに、絶対に間違いがあってはいけません。これは、事実認定に関する誤りも、量刑に関する誤りも同様です。そのために、死刑事件については特別な手続が保障されなければならないというのが、アメリカの考え方です。
これに対して、日本で死刑が言い渡される可能性がある事件には、その他の事件と区別された特別な手続保障がないという意味で、誤りが生じる危険性が高いと思います。
他方で、どれだけ特別な手続保障を尽くしても、やはり誤った死刑判決を言い渡してしまう可能性があります。国家が誤って死刑を執行してしまうということは、絶対にあってはならないことです。そのような可能性が100%ないと言い切れないならば、死刑という刑罰そのものを廃止するしかないと考えるようになり、このような考え方に立って研究を続けてきました。
死刑の存置・廃止の議論は、しばしば理念的な対立になります。しかし、刑事手続の現実を見たときにも、日本においてこのまま死刑制度を存置すべきなのか、そのような考え方をもって、懇話会に参加いたしました。
抑止力・社会防衛手段としての死刑制度
【伊井】死刑制度の存廃の議論をする時、必ず「死刑」による重大犯罪の抑止力があるか否か、社会防衛手段として「死刑」は適切かどうか、という議論がなされますし、「懇話会」でも両方の立場の意見のヒアリングが行われました。
皆さんは、それらのヒアリングや議論をお聞きになって、どのような感想や意見をお持ちになりましたか。
【金髙】この問題は、懇話会においても大きな論点になりました。ヒアリングでは、統計的に、死刑に抑止力があることも、ないことも証明されていないということだったと思います。私は、抑止力があると考えています。多くの日本人は、子供の頃から、人を殺すことは、自らの命をもって償うほど、人間として許されないことだと思って生きてきています。このことが、日本の殺人発生率の低さに少なからず影響していると思います。実際には、死刑が適用される事件は限られますが、殺人罪の法定刑に死刑がある意味は大きいと思うのです。
逆に、死刑がなかったら、抑止力がなくなるケースは、組織犯罪に見られます。私は1990年代にイタリアで勤務しました。その時に、24 年間逃亡していたマフィアの首領が逮捕されましたが、彼はその間に、200人近くの殺人を命じたとして26 回終身刑の判決を受けました。何人殺しても同じなので、いくらでもやるし、殺しを命じられた部下は、逆らえば殺されますが、殺せば死刑にはなりません。どちらを取るかは明白です。
これがマフィアの怖さであり、「シチリアは法律ではなくマフィアが支配している。」と言われる所以でした。私が親しくしていた司法省の刑事局長も、高速道路を走行中に、この首領の命を受けたマフィアによって、ご婦人や警護官とともに爆殺されました。
日本でも、一時暴力団工藤会の組長に死刑判決が出ましたが、年間20件を超していた暴力団による市民への襲撃事件が激減しました。言いなりにならない事業者等を拳銃や手りゅう弾で襲撃し、毎年市民が殺されていたのですが、2021年の地裁での死刑判決後は、銃器を使用した市民襲撃はなく、死傷者も出ていません。最初の逮捕は16年前の殺人容疑でしたが、これを見た全国の組長達は、死刑には公訴時効がないので、命令したら自分も一生死刑の可能性から逃げられないと思ったと思います。
【笹倉】理論的・科学的にみれば、死刑に抑止力があるとはいえないということが、ますます明確になったと思います。抑止力があることが証明されない以上、「あるともないともいえない」効果を期待して、人の生命を奪うことが許されるはずがありません。
弊学では、法学部に入学した1年生の前期に、「刑事法入門」という講義科目を設けています。この講義の2回目・3回目で、毎年、死刑について講義を行っています。受講生に死刑制度の存否とその理由に関するアンケートを取ったうえで、死刑に関する様々な論点をめぐる講義を行い、事後的に考え方が変わったかについて再度のアンケートを採ります。その際にも、やはり「抑止力」というのは、死刑制度を存置する理由として当初は多く挙げられます。しかし、これまでの研究結果についてお話しすると、学生は大きく考え方を変えるのです。
世論においても死刑の「抑止力」は、死刑を支持する大きな理由になっていると思います。しかし、懇話会で明らかになったような事実が人々に浸透すれば、話は全く変わってくるのではないでしょうか。
