弁政連ニュース
〈座談会〉
選択的夫婦別姓制度の導入を!(3/6)
通称使用をめぐるビジネス上のトラブル
【本多】会員企業や女性役員からは、どのような声が上がりましたか。
【大山】旧姓の通称使用は、9割以上の企業が認めています。しかし、企業向けのアンケート結果では、税や社会保険、契約書や登記など公的な手続き場面や、出張時の航空券や宿泊予約時に使う姓、また、人事部門などが社員名簿などを扱うときに戸籍上の姓と旧姓を二重に管理するコストやシステム対応。さらに、今は3組に1組が離婚するといわれているなかで、そういうプライバシーに関わる情報まで知られてしまうなど、様々なトラブル例が寄せられています。
女性役員向けのアンケートでも、旧姓の通称利用では、何らかの不便、不都合・不利益が生じると回答した方が88%に上るという結果でした。
通称と戸籍姓の違いによるトラブルや弊害の分かりやすい例として、海外渡航時のトラブルがあります。パスポートは旧姓の併記が可能ですが、ICチップやVISA、航空券は、国際基準に則って、戸籍上の姓しか登録されません。今は、入国審査は勿論、政府機関でも民間施設でも入館にあたってセキュリティーが強化されており、ICチップには戸籍姓しか入っていないので、いちいち足止めを食う。また、ダブルネームは海外では認知されていないため、自分で説明し証明しなければならず、時間のロスだけでなく、同僚や上司を待たせてしまったり、ややもすれば重要な商談に遅れてしまったらビジネスを失うかもしれない、といった精神的な負担やビジネス上のリスクも抱えています。
また、通称である時点で、生来の姓でなくなってしまったことによるアイデンティティの喪失を感じるといったお声も寄せられました。
こうしたトラブルについて、通称使用の拡大や法制化をすれば解決できるとの指摘もありますが、通称はあくまで通称です。通称併記は、あくまで補足的な位置付けで、根本的な解決にはなりません。自分の生まれ持った姓を結婚後もそのまま戸籍名として使えることと通称として使えることには大きな差があるのです。
【井田】JAXAに勤めている第三次訴訟の原告には、政情不安の地域であったり、軍事機密を扱う場所に入るのため、身柄を拘束される危険もある。一瞬たりとも自分の身元を怪しまれてはならないのでパスポート更新のたびに離婚・再婚を繰り返しているという方もいます。
戸籍名と通称の使い分けは苦痛
【井田】また、戸籍名と通称の使い分けも不便です。
この書類はどっちだっけ、この印鑑はどっちだっけ。このシステムには戸籍姓しか入れられないから旧姓が使えない、結婚や離婚のたびにプライバシーを開陳するのも不快です。
当然、相手方は戸籍姓のみで手続きをしたい。面倒ですから。そこを頼み込んで、断られて、何とか交渉して、結果認められたり駄目だったり。トラブルが起これば毎回謝る。このサイクルが離婚か死亡まで続くのが旧姓使用の実態だと感じています。
これはやってみないと分からないので、最高裁の男性判事、旧姓の通称使用でいいじゃないと言った方には是非経験して実感していただきたいです。
自分のものではない名前で呼ばれる苦痛
【井田】そもそも自分のではない名前で認識され、呼ばれる、名乗らなければならないこと自体でメンタル不調を生じる人も、思った以上に多い。改姓に耐えられず適応障害を発症する方、うつ病を発症する方もいます。望まないあだ名で日々呼ばれる学校生活といえば想像できるでしょうか。
70代と80代のご夫婦、妻は、自分の名前を取り戻して死にたいと切実に思っている、夫も妻の思いを叶えてあげたいとおっしゃっていました。半世紀にわたって女性たちが声をあげてきたにもかかわらず、ずっと無視されてきたことによって、この年代の人が今も苦しんでいる。
結婚を躊躇する理由に
【井田】旧姓使用では、生活に支障が出る。しかし事実婚で子どもを産むのは不安だという方も非常に多いです。海外に出て日本に帰らないようにしようと考えるぐらい思い詰めている人もいます。通称使用自体が本当に負担で、これが結婚や出産を踏みとどまる理由になっています。
一つ一つは小さな不都合かもしれないが
【大山】私どもの提言の中のトラブル例の中には、一つ一つを取ってみると、女性一人一人が手間や時間をかけて自分でこつこつ乗り越えられる、頑張れば何とか解決できるものもあります。
しかし、これだけ多くの女性が社会に出て活躍している中で、個人で解決しろという段階ではない。日常生活において、一つ一つのトラブルに直面する度に、少しずつ心を擦り減らしている方々の声を真摯に受け止め、社会制度としてきちんと対応していく必要があります。
弁護士の通称使用の困難
【本多】弁護士の通称使用はどのようになっていますか。
【佐藤】弁護士の場合、旧姓などを「職務上の氏名」として日弁連に届け出ることができます。弁護士が名前を使い分けると混乱を招くので、届け出た以上は原則として職務上の氏名を名乗らなければなりません。
しかし、確定申告、社会保険手続、クレジットカード、その他各種契約、業務に必要な手続で職務上の氏名でできるものなどほとんどありません。口座開設を認めない金融機関も未だにあります。
任意後見、未成年後見では、登記や未成年者の戸籍に後見人の戸籍名が載ります。成年後見の場合も、登記への戸籍名記載が余儀なくされるケースが少なくありません。行政の委員などでも、職務上の氏名の使用を断られたケースが聞かれます。
役員登記、最近では不動産登記もですが、旧姓を併記できるようにはなりました。しかしあくまで併記です。名前が二つあれば市民に混乱を招きます。併記できればいいというものではありません。
弁護士の業務は多岐にわたります。相手次第で職務上の氏名が使用できなかったり、結果的に使用できたとしてもその都度交渉を要したり、手続が煩雑だったりと、多大な時間や労力、精神的コストを費やします。
私は、日弁連で職務上の氏名に関するワーキンググループの座長もしておりますが、やはり通称使用には限界、如何ともしがたい壁がある。抜本的解決には選択的夫婦別姓の導入しかありません。
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