弁政連ニュース

特集〈座談会〉

日本における
国際商事仲裁の振興(5/5)

【市毛】アジア諸国が仲裁先進国になっている現状を、日本企業はどう見ているのでしょうか。

【佐久間】まず日本は、優位な技術ノウハウや知的財産がベースの企業が多い。その場合、契約では日本企業が有利なわけです。コンテンツやキャラクターを持つ日本企業が海外とライセンス契約を結ぶ場合、圧倒的に日本企業が有利なはずです。ただ、紛争解決に関して、その有利さが全く生かされていない。例えれば、サッカーのホーム試合にも関わらず、国内に専用スタジアムがないので、第三国でやらざるを得ないということ。紛争条項で、仲裁地はシンガポールで良いと押し切られるケースが多い。ホテルでやれば良いという意見は、野球場でサッカーやれと言っているようなものです。当たり前のことがされていない。ホームゲームにも関わらず、どうして自分の国で試合ができないのか、が一番の問題でしょう。

今までと違う観点ですが、最近大枠合意と言われている日本とEUのEPA(経済連携協定)、そこで棚上げになっているのがISDS(投資家対国家の紛争解決手続)の具体的なメカニズムです。欧州では密室での仲裁との非難が高まり、ISDSについては特別な仲裁システムを作ろうという動きになって、実際にEUとカナダは手を握ったわけです。非常にバランスが悪いと思いますが、ISDSは特別なフォーラムでやるという事を、今日本に対しても多分要求している。普通なら訴える時にはそちら、訴えられる時はこっちだと言った対案を出すかも知れませんが、はっと見たら日本にはそういう施設がない、彼らには立派な施設があるとなると、交渉にならないわけですね。これはヨーロッパだけではなく、色々な所でそういう流れになると思われます。ISDSは、企業にとって投資協定の一番重要な条項ですから、一方的にヨーロッパで手続きしなければならない、一方的に相手国でやらなければならないという話では、今後大きな問題になります。その意味でも、早急に、国が基盤整備をするべきだと思います。

【市毛】いまISDSの話が出ましたが、国際商事仲裁とは切り口は違うものの、施設・インフラが必要だという意味では共通のようですので、淳見先生にISDSのご説明をお願いします。

【小原(淳)】ISDSというのは Investor-State DisputeSettlement の略で、外国投資家と投資先のホスト国との紛争を解決する手続のことを言います。世界には3000程の投資協定がありますが、二国間、またはマルチで、締約国間でお互いに相手国から投資を保護する条約です。この条約のすごいところは、国家間の義務を定めた条約ですが、締約国協定に違反した場合には、不当な取扱を受けた投資家自らがこの協定に基づいてホスト国に仲裁を起こして救済を求めることができる、というISDSの制度が盛り込まれているところです。以前は何かあると、自国政府に泣きついて、国と国の紛争として外交を通じて解決してもらっていました。また自国政府全く動かない場合は泣き寝入りだったのですが、協定に違反する取扱を受けた個々の投資家が直接相手国に対して、仲裁によって救済を求めることができるわけです。特に投資先の新興国政府に翻弄されている日本企業にしてみれば最後の紛争解決手段が確保されていることになります。今お話の出たEUとカナダは、従来の投資協定仲裁手続をやめ、常設投資裁判所を作ってあらかじめ国が選任した、締約国の国籍の候補者5 名ずつと第三国の候補者5名の判断者のプールからランダムに選ばれる判断者が判断をするという、仲裁の根本である私的自治とはかなり離れた制度を作ってしまいました。

ISDSと施設と絡めて申し上げますと、日本の近隣諸国ではマレーシア、韓国、シンガポール、香港は、ISDSを扱う主な仲裁機関であるICSID(International Centre for Settlement of Investment Disputes) や常設仲裁裁判所(PCA)と協定を結んで、自国内の施設で投資仲裁協定ができるようにしています。PCAと協定を結ぶ時に重要なのは行政による訴追免責の合意です。例えば、シンガポールでヒアリングをすることでシンガポール当局に逮捕されないという免責を手続国が約束しなければ、PCAはその国の施設と提携しないと聞いています。ハードも大事ですが、行政のサポートも必要になります。

【小川】政府が「骨太の方針2017」で掲げた「国際仲裁の基盤整備」は、官民、特に経済界、弁護士会、裁判所といったプレイヤーが一体となって推し進めていく必要があると思われます。最後に政府、弁護士会、あるいは企業当事者が取り組んでいくべき課題についてそれぞれの視点でお答えください。

【佐久間】グローバル化が避けて通れない時勢で、大企業だけではなく中小企業のグローバル化を支援するため、国際仲裁の基盤整備は国の使命だと思います。グローバル化支援のためには、ちゃんとした契約を作る、その中ではちゃんとした国際仲裁による紛争解決の規定を盛り込み、日本が内容的に優勢な取引契約であれば、日本に仲裁地を持って来られるようにする、そのための基盤整備、ハードが一番大きい問題であり国の責務だと思います。日本に裁判所があるのと同様に、仲裁施設があって当然だと私は思います。この点、日本は非常に遅かった。ただ今より早いことはないので、早急に進めるべきだと思います。少なくとも、仲裁を巡る日本の裁判制度は近代的ですし、信頼ができる。そして安全からすれば日本は非常にすぐれた立地ですから、そういうハードを作るべきです。

【小原(正)】日弁連は、もともと利用しやすく頼りやすい司法の実現を掲げてきましたが、国際取引がグローバル化する中で国際民事紛争の適切な解決は、日本の弁護士が責任を持って担うべきです。国際商事仲裁を我が国できちんと行える体制整備、中でも、地方の弁護士や中小企業を依頼者に持つ弁護士が、仲裁地を日本とすることの重要性について依頼者にきちんと説明ができる研修には是非力を入れていただきたいと思います。国際仲裁は日本の弁護士に関係がないと思われがちですが、中小、あるいは地方の企業の海外取引が増えていく中、国際商事仲裁は紛争解決手段として重要になっていること、契約段階から仲裁条項に関するしっかりとした交渉が必要だという認識を広めるため、研修の充実にも取り組んでいただきたいです。

日弁連は、今年の2月19日に、国際仲裁の振興についての意見書を出させていただいていますが、一つはハードの問題、そして仲裁人の養成、法制度の整備、これを相互に連動して広めていくことを目指しています。幸い、最終的に自民党の司法制度調査会の最終提言と政府のいわゆる「骨太方針」の中にそれぞれが盛り込まれました。そういった意味でも、日弁連は約4 万人の会員弁護士を抱えている強制加入団体として、提言した施策の推進に協力すると共に、ユーザーである企業の声に謙虚に耳を傾け、優れた仲裁人の確保という意味では、日本仲裁人協会との連携、さらには既に仲裁人として活躍されている弁護士皆さんの協力を得ながら、その資源を有効に活用していくなどして、オールジャパンの取り組みの推進力になりたいと考えているところです。

【小原(淳)】小原(淳)立法ですと仲裁法見直し、司法ですと司法による仲裁の支援が重要です。裁判所は、仲裁に関する案件のノウハウを集中する部門が必要ではないかと思われますし、仲裁先進国の裁判所の実務を研究しつつ、日本の裁判が国際仲裁を支援しているという情報発信を海外に向けてぜひ行って頂きたい。

行政の観点では、日本の仲裁機関を育てるための支援が重要です。シンガポールはシンガポール政府がSIACのみならず海外の仲裁機関に対して、人件費、施設費を補う資金を出しています。日本でも、日本の仲裁機関がより発展するよう行政の支援を是非お願いしたい。シンガポールでは法務省が審問施設の建設・運用を支援しています。日本でも是非実現して頂きたい。

弁護士会は、国際仲裁分野の人材育成に加えて、外国への情報発信もぜひ行って頂きたい。諸外国の国際会議に出て、日本の国際仲裁をアピールしていただければと思います。

個々の弁護士について言えば、世界中で多くの弁護士が決して母国語でない言語を操って国際仲裁を立派にこなしています。欧米だけではなく、アジア諸国でも同様の状況です。日本の弁護士も、もっと自信も持って、従来の弁護士業務にとらわれず、より広い視点で、幅広い分野で活動を行ってみてはと思います。現在の国際仲裁の実務ではコモンローの裁判実務が非常に強く影響する傾向にあり、そのために国際仲裁の費用と時間がかかり、深刻な問題となっています。国際仲裁の実務は常に進化しており、日本を初めとする大陸法系の訴訟実務の中には、手続の効率化に役立つ手法が多々あると思いますが、多くの日本の弁護士に国際仲裁の分野に進出することで、そのような手法が国際仲裁に導入され、国際仲裁が効率化し更に有効な紛争解決手段となることを祈念しています。

【小川】本日は誠にありがとうございました。


於霞が関弁護士会館

(2017年月25日 於霞が関弁護士会館)


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