弁政連ニュース

特集〈座談会〉

日本における
国際商事仲裁の振興(3/5)

【小川】現状国際社会、国際商取引において、国際商事仲裁が、どう位置づけられ、どう活用され、どのような状況になってますでしょうか。

【小原(淳)】最近は、国際取引契約で裁判による紛争解決を規定する条項はまれで、圧倒的多数は仲裁合意を規定しています。日本国外の国際仲裁の件数の推移は、右肩上がりです。シンガポールは、昨年300件を超え、ICCは1000件を超えました。

【小原(正)】今おっしゃられたとおり、特にアジア諸国では国家の政策として仲裁の振興に取り組んでいることもあり、申立件数が増えてきている。国際契約の紛争解決条項の交渉では、それぞれの国の司法制度に対する信頼感が重要となりますが、仲裁件数が増えると日本における仲裁の認知度が向上し、適正な解決事例が蓄積されることにより、さらに仲裁地として選ばれやすくなります。これに伴い、様々な国際会議も来る、社会全体の活性化にも役立つということで、国家の戦略として、自国に適切な仲裁機関、仲裁施設を持つ流れになっています。

【佐久間】国際的な取引契約であれば、国際仲裁を紛争解決手段とすることはほぼ常套だと思います。その傾向はますます強まっていて、中国の世界の経済に占める割合がこれだけ増えていても、中国と取引する会社が、中国での裁判を紛争解決手段として合意する可能性は低い。少なくとも私の会社ではありえない。当然国際仲裁に持っていくわけですが、これは他のアジア諸国も欧米企業も同じだと思います。契約に基づかない紛争は裁判になりますが、契約上の紛争解決なら国際仲裁は常識だと思います。

【小川】日本企業では、国際取引に臨む場合国際商事仲裁がスタンダードだという認識はどの程度共有されているのでしょうか。

【佐久間】企業の法務としては正に常識で、国際仲裁のメリットは、はっきりと分かっています。しかし、中小の会社になると、そもそも国際商事仲裁に関する知識が少ないと思います。ですから商事仲裁と言われてもピンと来ない。そこはかなり開きがあると思います。理解を広めるべきところです。

【市毛】国際仲裁の前提である契約書上の仲裁条項ですが、自社が交渉上有利な立場にあるときに、どのように仲裁条項を組み立てるのが有利になるのでしょうか。

【佐久間】実際の契約交渉では、紛争解決条項に話が至る前までが長丁場で、あまり経験がない人からすると、もう紛争解決はどうでもいいじゃないかというような雰囲気の中で議論されることが多い。何で決まるかというと、本来は力関係ですね。こちらが取引上優勢な立場であれば、仲裁地、ルール、準拠法について有利な条件となるはずですが、相手の抵抗がある。力関係から押し切れるのですけれど、時間もないし、結局第三国で良いのではないかと安易に決まる。具体的には、日本企業が圧倒的に有利な立場で海外企業と契約を結ぶ場合でも、日本の仲裁地とはならない。なぜなら、相手は、日本語がよく分からない、そもそも日本には仲裁実績が無いじゃないか、日本の仲裁のハードって何があるのか、シンガポールには素晴らしい仲裁施設があるではないか、シンガポールは中立的で信頼できる、じゃあシンガポールに妥協しようといったことで決まる。

ところが、実際に紛争が起きると、出張はしなければならない、英語でやらなければならない、何故シンガポールで日本法を準拠法としてやるのか、といった問題に行きつく。但し、実際に紛争に発展するケースはそう多くはないので、契約交渉時には軽く考えられているのです。

【市毛】仲裁条項はビジネスマンにはあまり重視されていないということですか。

【佐久間】重視されないどころか、そこに関心を持っているビジネスマンは少ないです。ただ重要な問題ですので、当然法務の人間とか経験のある人間、痛い思いをした人間はこだわりますけれど、一般的には準拠法を含めてあまり詰めない。特に規模の小さい会社だと、その辺を考える人が居ないでしょう。そこは、会社がしっかりとした体制で臨まないと駄目ですね。

【小原(淳)】私は、常々法務部の方々にお伝えしているのは、仲裁合意の内容次第で、実際の仲裁手続の流れを相当程度規定してしまっているということです。ニューヨーク条約加盟国の仲裁地を選ぶといったベーシックな点に始まり、仲裁機関の規則及び実務、仲裁地の仲裁実務、法制度及び裁判所の傾向等を踏まえて仲裁合意の内容を決めるよう、仲裁合意の締結の段階から意識を高めていただくことが重要です。

【市毛】相談を受けた弁護士の説明力も非常に大事ですね

【小原(正)】小原(正)佐久間様がおっしゃったように、企業は、取引自体の諸条件を詰めることを優先し、仲裁条項の交渉で不一致が生じた際、取引を優先するために、仲裁条項については不利でも呑んでしまう。その際、弁護士が依頼者に対し、内在するリスクやそれを回避する方策等を、きちんと説明することが非常に大切です。もう一つ大事なことは、仲裁コストの説明です。大企業は紛争額も大きいですから、外国における訴訟リスクに比べれば仲裁は様々な長所があり、コストはそれほどの問題ではなく、解決内容が重視される。しかし中小企業にとっては、仲裁は、裁判に比べても最初の段階で予納金の納付等のコストがかかることの説明も重要です。更に、より簡便な、簡易仲裁手続についても、弁護士が契約段階から説明をするなど、依頼者に説明しておくべき点だと思います。

【市毛】預託金はどれくらいですか?

【小原(正)】仲裁人の数によりますが、1人仲裁で50万円から100万円、3人仲裁なら100万円から300万円といったところでしょうか。

【小原(淳)】係争額によってもう少し小さい場合もあると思います。最近、各仲裁機関は係争額の小さい紛争において書面審理中心で大凡6カ月以内に仲裁手続を終了させる簡易仲裁の規則を設けています。仲裁機関によって簡易仲裁が適用される係争額が異なりますが、5ミリオンドル、また2ミリオンドル以下の紛争は、簡易仲裁で処理され、仲裁機関に支払う手数料も抑えられています。仲裁の進め方次第で費用と時間が大きく変わります。仲裁手続は柔軟なので費用対効果を考えながらどう効率的に設計していくかが勝負です。日本の弁護士が大陸法系の手続の優れた面を仲裁にも持ち込めれば、国際仲裁がより効率的な手続きになると思います。



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