弁政連ニュース

クローズアップ〈座談会〉

いまこそ再審法の改正を(5/6)

再審開始決定に対する検察官抗告問題

【小川】まさに証拠開示に関する法制度がないので、個別の事件での創意工夫に依存するしかない現状に問題があるという話かと思います。さらにもう一つ再審の長期化に関する問題として、検察官抗告の点はいかがでしょうか。

【山本】布川事件の場合、第二次再審は地裁で再審開始、高裁で抗告棄却ですけれど、そこで特別抗告というのは歴史的に見ても戦後は見当たらない状況だったのです。ですが布川は特別抗告までやってきました。地裁で申し立てから約4年、高裁、最高裁でさらにそこから4年かかっています。不服申立をされたことによってその分審理が大変長期化したわけです。私の見たところでは白鳥・財田川決定に基づいて新旧証拠の総合評価で勝ったような事件では検察は極力不服申立をするという方針をこの頃からとっている印象があります。では布川の抗告審、特別抗告審で検察官が何をやったかというと、せいぜい白鳥・財田川決定はこうだと限定的再評価にもっていこうとする理屈っぽいことは言います。それから本人の供述の信用性について論じたりはするのですけれど、新証拠を検察側が出すかというと全然出してこない。改めて別の法医学者を出すかというとやらない。布川は法医学鑑定が新証拠としても非常に重要な意味を持ったわけです。高裁で何をやったかというと鑑定人証人が三人いるのですけれど、このうち二人が弁護人申請です。もう一人は裁判所の職権採用。検察官の方では独自の立証は何もやらないのです。そのために4 年間引っ張られた。たまたま桜井さんと杉山さんは若い時に捕まったということもありまして、まだ時間があった。でも高齢の方の再審の場合、この2年、4年という負担は大変なものだと思うのです。布川の場合、なおかつ再審公判でも検察官は争った訳です。公判は7回ありました。福井事件の方は2011年の11月30日に高裁の金沢支部で再審開始決定があったのですけれど、異議の申し立てをされて2013年3月に取り消されています。検察官が異議申し立てをした事情を考えてみますと、基本的には布川と同じような側面がありました。

共通するのはどちらも有罪に結びつく物証が全く無いことです。しかも福井の場合は自白もなく、関係者のあやふやな供述だけなのです。こういう事件だと、供述証拠に対する評価一つで結論が変わる可能性が大きいのです。福井事件のことを言いますと確定審でも地裁は無罪、控訴審が有罪と判断が分かれるような事件で、ここで検察官が抵抗してあわよくば裁判所のちょっとした評価の違いで結論を変えられないかという目論見でやってくる。問題は裁判所がそういう供述証拠をどう評価するかです。布川も福井も同じですが、いずれも弾劾の対象となる重要な供述証拠、関係者供述というのはくるくる変わってきます。それに対して「ないとは言えない」という理屈をあちこちにちりばめることによって逃げ口上を裁判所の決定の中で書いていく。ましてや再審ですから、限定的再評価的な観点で、結局明白性のふるいでもってどんどんふるい落とされてしまう。福井事件はこんなにひどい冤罪はないと良くわかる事件だと私は思うのですけど、一つ一つの証拠だけからだと、論証が大変というところに付け込んで取り消されたという感じを持っています。いま第二次再審の準備をしているのですが、そういう総合評価で勝つしかない事件というのは新証拠を準備するというのはなかなか難しい面があります。布川事件も第二次再審まで相当期間を要しました。福井事件も一定の時間すでに過ぎています。そういう事件では検察官の不服申し立ての弊害が大きく出るように思います。

【野嶋】名張毒ぶどう酒事件は、第七次再審請求で再審開始決定が出たのですけど、検察官が異議申し立てをして異議審で再審請求が棄却され、それに対して弁護人が特別抗告して、特別抗告審の最高裁では、異議審の再審請求の棄却の決定について破棄差戻になって、これでまた振り出しに戻りました。しかし残念ながら、二度目の異議審で再び再審請求が棄却されまして、またそれに対しても特別抗告をして、最高裁で確定することになりました。結局このように、一旦開始決定が出てもひっくり返り、最高裁がそれを破棄差戻し、差戻し審で再び、再審請求が棄却されるということになりました。この間、長々と時間がかかってしまって、奥西さんは亡くなられてしまった。松橋事件では、幸いにして再審無罪の時点で宮田さんはご存命でいらっしゃいましたけど、認知症が進行していて、またご高齢でした。そのため再審開始決定に対して検察官が即時抗告し、さらにそれで負けたにも関わらず特別抗告して、時間稼ぎをしている間にもし宮田さんが亡くなられてしまったらこの開始決定はなかったことになってしまう。検察官が特別抗告申立書だけ書いて、特別抗告審では全く何も反証もしないで、ただ時間の引き伸ばしをしているということがありました。検察官による不服申立があることによって無為に時間がかかってしまいます。

また理論的に、本来法律が予定しているのは再審公判で有罪、無罪を決めるのであって、再審請求審は有罪無罪を決める手続ではなく、再審を開始するかどうかを決める手続なのですね。そうだとすると一定程度の疑問が確定判決に生じているのであれば、再審開始するべきだと私は思うのです。だから一旦再審開始決定が出るような事件は、少なくともある裁判官は確定判決の有罪の事実認定に合理的な疑いが生じていると判断したということなのだから、もう再審を開始して再審公判で有罪無罪を決めればよいのではないか、それがあるべき姿だと思っているのです。白鳥決定というのは再審請求における明白性の判断基準として、罪となるべき事実に合理的な疑いが生じるかどうかで判断するということで。これは素晴らしい画期的な判断だと思うのですけれど、一方で、再審請求審で裁判官は無罪の心証を抱かないと再審を開始できなくなるハードルを作っているという気がするのです。だから白鳥決定、財田川決定は、現行法を前提にした素晴らしい画期的な決定だと思っていますが、これからの時代を考えると、再審請求手続は、有罪無罪を判断するのではなく、あくまでも再審を開始するかどうかを判断するのが、正しい再審のあり方だと思います。再審請求手続は検察官の抗告を許さず、再審を開始するかどうかを決めるという新しい基準を作って行っていくべきだと思います。

【鴨志田】野嶋さんがおっしゃったのはドイツがまさにそういう考えで、再審請求審の基準というのは「蓋然性」、すなわち合理的な疑いというレベルではなくて有罪判決を見直す蓋然性さえあればいいという低いハードルで再審請求を認めることになっているのですね。だからドイツの再審請求審では蓋然性さえ言えれば再審公判に行く。なぜなら再審公判は直接主義の適用もあるし、様々な手続保証があって公開の法廷で行われるから堂々とそこで勝負をすればいいという考え方がドイツにあるのですよね。だからそういう意味でドイツは1964年に再審開始決定に関しては検察官が抗告できないようにしているのですね。

ところが日本は再審請求段階が主戦場になってしまって、そこで無罪の心証を裁判所が抱かない限りはそもそも再審開始決定が出ないので再審請求自体にものすごく時間と労力がかかっている上に、さらに検察官が脊椎反射的というぐらい必ず抗告をしてきます。松橋事件の場合は検察官が特別抗告したものの、申立てだけしてあとは何もせず、しかも再審公判ではそれこそすぐ白旗を上げてしまったわけですから、再審公判で争わないつもりだったら特別抗告をする必要はなかったということが逆算して言えるわけではないですか。この再審開始決定における検察官の抗告という制度がなかったら、大崎事件は2002年に開始決定が出ていますから、あの段階で74歳の、お元気だった原口アヤ子さんが直接再審公判で無実を訴えて無罪判決を勝ち取ることができたと思います。18年も前に大崎事件は終わっていた。今回の第三次再審では地裁、高裁が再審開始したのに検察官が特別抗告をしたことに対して、最高裁は、特別抗告理由はないといいながら、特別抗告理由がないのだったら再審公判に行けばいいのに、事実審理のできない法律審であるにもかかわらず、自分たちで変な事実認定をして再審請求を棄却してしまった。原口アヤ子さんは93歳を目前にして第四次再審にリセットという状況になっている。裁判所もひどいのですけど、抗告制度が悪用される事態になっているので、法改正で直ちにやめなければならないと思います。

【木谷】私も同意見ですね。再審開始決定に対し検察の抗告を認める理由は何もない。理論的には、再審制度は職権主義で、検察官は公益の代表者にすぎず当事者的な立場にもないのですから、検察官の抗告権を否定することには理論的になにも問題もない筈です。鴨志田さんが言われたように、再審開始が出たということはその事件については疑問があるということなのですから、すぐに公開の再審法廷を開いて、当事者対立構造の下できちっと判断をすればいいのです。今のやり方では、再審請求手続は全部密室の中で行われますから、何が行われているか国民には全く理解できないのです。

日本の先を行く諸外国の法制

【小川】再審制度について、海外でどのような動きがあるのか、鴨志田さん、ご紹介いただけますか。

【鴨志田】先ほどドイツの話をしましたけど、ドイツでは制度上証拠は通常審段階から全部見られます。英米も行き過ぎた当事者主義の反省から、検察官の手持ち証拠はすべて見せるというのが世界のトレンドになってきていて日本だけが遅れている。以前、「再審における証拠開示に関する特別部会」が開催したシンポジウムで英米の状況とドイツの状況についてそれぞれ発表したのですけど、私がいま注目しているのは日本から刑事訴訟法を取り入れた韓国と台湾が日本を追い越しているという状況なのです。刑事訴訟法第435条6号で定められている再審開始要件も同じ条文が台湾と韓国にあるのですが、台湾では2016年と2019年12月に再審法が改正されました。2016年改正では日本でいう白鳥決定、―新旧全証拠の総合評価―を条文に入れ込み、2019年の改正は請求人に証拠調べ請求権や証拠閲覧請求権を、請求人の権利として明文で認めました。そういう状況のもと、台湾では検察官は公益の代表者として、冤罪の疑いがあると思ったら死刑事件であっても検察官自身が再審請求をするという、―客観義務というのですけど―、客観義務に根差して検察官が自ら冤罪を正そうという風土になってきているのですね。韓国は白鳥決定にあたる判例がないので、条文上の解釈は日本より厳しいのですが、検察官の抗告について法務省に置かれた第三者機関が事後に調査をして、「この検察官抗告は機械的形式的な抗告だ」と駄目出しをする。さらに韓国では国家人権委員会という人権救済機関が検察官抗告を見直す法改正をしなさいという勧告を法務省に対してする。最高裁については法律ができるまで、改正されるまでの間、抗告審の扱いは慎重にやりなさい、と勧告しています。このように、アジアでは今刑事司法改革の動きが活発化しており、日本だけが70年以上一度も再審法を改正していないのはアジアの隣国から見ても遅れているということをぜひ知ってほしいと思います。



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